2019/5/11 第70回 まさかのお話(3)

続き(前回の話はコチラ

岡田さん(仮名)からです。

岡田さん(仮名)は資金の証明の用意ができたから会いたいとのこと。
お会いする日時の約束をし、後日会社に来てもらうことになりました。

ピンポーン。

岡田さん(仮名)です。

モニターで大きなリュックを背負っているので、誰だかすぐに分かります。

「早速ですが、岡田様(仮名)、資金の件はいかがでしょうか?」

応接室で岡田さん(仮名)は大きなリュックから持ってきたものを取り出しました。

銀行の通帳が3、4冊程あります。

「では拝見させて頂きますね。」

どれどれ…

一、十、百、千、万…(!)

確かに通帳に数百万から数千万といった預金があります。

次に岡田さん(仮名)は別の書類を取り出しました。

「えっと、これは…?」

岡田さん(仮名)「それは取引(残高)報告書です」

私は現物不動産投資にしか興味がなく、株や投資信託、リートも買ったことがなく、
証券会社には縁の無い人間でしたので、残高以外の内容はよく分かりませんでしたが、
確かに三菱UFJ証券や野村証券等、有名な会社のもの含め5~6つ程ありました。
はっきりした金額は覚えていませんが、預金と証券会社の資金を全部合わせると
1億近い金額だったと記憶しています。

「しょ、少々お待ちください(汗)」

私は上司に報告するために応接室を出ました。

「あの、〇〇所長!

例のお客様ですが、お金、持ってました!」

上司「うそ!?」

「はい!銀行預金や株とか投信の証明持ってきてもらったんですが、全部でそれなりの金額あります!
それにグループ銀行〇〇支店で預金口座ですし、運用資金も証券会社の名前の入った資料もちゃんとあります!」

上司「ほんまかいな!?」

購入動機や素性にやや疑念が残るところはあるとして、お金はある、反社会的な感じも無い(チェック済)、
最上階南東角部屋で資産価値という意味も分からない訳でも無い、断る理由も見当たらない、
上司の了解を得たうえで、私は事務所から5分程の距離にあるそのマンションに岡田様(仮名)をお連れし、
内覧後に購入の手続きを取ることにしました。

「それでは岡田様(仮名)、購入手続きを進めさせて頂いてよろしいでしょうか?」

岡田さん(仮名)「もちろんです。」

そう言って岡田さん(仮名)は1円たりとも価格交渉の話を一切出さず、
満額(売出価格のまま)で購入申込書にサインし帰って行かれました。

「…ふぅ、まさかほんとにお金持ってるなんて。
やっぱり人は見かけで判断するもんじゃないな」

岡田さん(仮名)が帰られたあと、やや呆気にとられた私は例の先輩に報告することにしました。

「〇〇さん(先輩)、例の岡田さん(仮名)、決まりましたよ!」

先輩「マジで!?」

「マジです。〇日契約の予定です。9800万円ですから売上324万円です」

先輩「くそっ、行っときゃ良かったぁ!」

私はほくそ笑みました。



そして契約当日。

約束の時間になっても岡田さん(仮名)が来ません。

売主は既に到着し応接室で待っています。

岡田さん(仮名)の携帯にかけても応答しません。

…やばい!

騙されたかも!!

私は焦りました。

貧乏なふりした金持ちが、人の対応を試すかのような仕掛けとか、
散々人に迷惑をかけてハシゴ外して楽しんでいる愉快犯的な人とか、
お金あるように見せかけてやっぱりお金ない人とか、それとも別の企みがあるとかないとか…

頭の中がぐるぐる回り焦っていたその時、

「プルルルルルル」

私の携帯が鳴りました。

岡田さん(仮名)からです。

!?

私は岡田さん(仮名)がどこにいるのか、語気を強めて聞きました。

「もしもし!岡田さん(仮名)!?今どこにいるんですか!?」

岡田さん(仮名)「近くにいます。5分くらいで到着します。」

「と、とにかく待ってますね!」

約束の時間からは30分が経過していました。

ピンポーン。

岡田さん(仮名)です。いつもと同じ格好です。

「岡田さん(仮名)!どうされたんですか!?心配しましたよ!」

30分も売主を待たせて、突然のドタキャン喰らったらどうしよ、
そしたら売主に謝って、上司に謝って、先輩に馬鹿にされて…
色んな心配事が解消された私は、少しほっとしながら岡田さん(仮名)に聞きました。

すると岡田さん(仮名)は、

岡田さん(仮名)「実は、契約書に貼る印紙代が高くて、格安チケット売場に安く売っていないか探していたんですよ。」

「…。」

岡田さん(仮名)は9800万円の物件に1円も価格交渉をしなかったのですが、
収入印紙代を安くするために約束の時間に遅れながら格安チケット売り場を何カ所か巡っていたとのことでした。

「収入印紙は税金ですから、多分売ってないんじゃないですかね…」

岡田さん(仮名)「あ、そうなんですか?」

「はい…」(印紙ケチるなら価格交渉してよ…。疲れた。)

心配も杞憂に終わり、無事契約は完了、その後の残代金の支払いと引渡しも終わり、
賃貸1Rマンションから高級分譲マンション最上階へ引っ越された岡田さん(仮名)の取引は完了となりました。


色々とお話させて頂いて分かったことなんですが、岡田さん(仮名)は過去に脳梗塞を発症し、
勤めていた会社を退職、その後、体を鍛えるために毎日大きな(水の入った)リュックを背負っているそうで、
仕事をしようにも年齢的なことや身体的なことで就職が厳しく、将来の為に貯めていた貯金と、親から相続した財産を投資しながら増やし、
万一、有料老人ホーム等への施設へ入る際に、賃貸の1Rに住んでいるよりも、持家でしっかりとした対応をしてもらう(?)ため、
また売却する際に値崩れしにくい最上階角部屋という条件で物件を探して、この物件と当時私が勤めていた会社を選んだとのことです。

考え方は色々ありますが、まあ納得といえば(やや)納得。

以上、話が長くなりましたが私が営業時代に経験した「まさかの話」、というか「まさかの買主様」のお話。

私的には「ビギナーズラック」なお話でした。